が貼ったものらしい二枚の新しいお札があったそうな。
祖母の話は、まことにおぼろげな記憶にしか残っていないのであるが、君子は四国巡拝のお札が、大きな戸の裏いっぱいに貼られ、それが上から上へと盛りあがって、押し絵の羽子板のようにふくれあがっていたことだけはたしかに見たことがあるように思う。
遍路から貰った金のお札を水に浮かべて母に飲まそうとしたが、その朝熱の下がっていた母は、どうしてもそれを飲まなかったそうな。父は子供をあやすように母の唇《くち》に茶碗を押しつけ無理にも飲まそうとしたが、母はかぶりを振って固く拒《こば》んで飲まなかったそうである。茶碗を持ったまま、しばらく母の顔を見ていた父は、もったいないといって、無造作に、がぶりと一口にお札を飲んでしまった。黒い血を吐き、もがき苦しんで父が死んだのはそれから一時間もたたぬ後であったと言う。
祖母の話のうちで、もっとも君子の記憶に鮮やかにのこっているのは、この話である。それは、父の変死という大きな事件であるためかもしれないが、それより、霊験あらたかな金のお札を頂いた父が、なぜすぐに死んでしまったのか、その不思議が大きな謎であったためだ
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