とまったまま動かなくなった。やがて、幽霊が入ってくるときは、こうもあろうかと思われるほど静かに障子の開く音がした。君子は瞳を凝《こ》らし梟《ふくろう》のように目を見張ったが、それはほんとうの幽霊ででもあるのか、ただ闇のなかにぼんやりとおぼろな影が見えるだけで、それが何者であるのかすこしも分からなかった。忍んできたものは静かに君子の部屋に入った様子であったが、そのまままた動かなくなった。じりじりと後にさがった君子は蝙蝠《こうもり》のように壁に身をつけた。じっと見つめていると真っ暗な闇のなかにしゃぼん玉のような五色の泡がいくつもぷかりぷかりと湧きあがってくるように思った。君子は急いで瞬《またた》きをした。そのときである。なにに驚いたのか、忍びこんでいたものは急いで、しかし静かに障子を閉め、来たときとは反対の廊下に去って行った。そのとき君子は遠くの廊下に、やはり忍んで歩いているらしい別の足音を聞いた。
こんなことはその夜が初めてではなかった。すでにこれで三度目である。そして不思議なことには三度とも遠い廊下に聞える別な足音で君子は救われた。君子が母の自殺に疑いを持ち、夢のような記憶をたどって
前へ
次へ
全37ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
山本 禾太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング