しましたが、二人が区別のつかぬほどよく似ているということが恐ろしい因縁で、男は妹の手にまた姉の手にというように、この醜い争いは繰り返されました。男が死んで互いに争う目標がなくなった後も、敵どうしの因縁をもって生まれた二人は莫大な財産を中心に争いをつづけましたが、今はもう争う必要がなくなりました。つまり、この人形が不要になったのです。母を失った代わりにこの人形だけでも与えておきましょう。
日付もなければ署名もない。しかし人形の胸に描かれた梅の模様は、このかきつけを読んでいるうちに君子に分かってきた。それは君子の記憶の底に沈んでいた母の乳の上にもあった痣を思い出すことができたからである。しかし、この手紙のようなかきつけはさらに大きな疑問を君子に与えた。君子は手紙を手にしたまま深い考えに沈んだ。
よほど夜がふけたらしく、あたりは死んだように静かである。ふと気がつくと、廊下に静かな、忍んでくるような足音がする。君子は急いでランプを吹き消した。あたりはうるしのように真っ暗な闇である。部屋ですみにうずくまり息をころしていると、できるだけ静かに忍びやかに歩いているらしい足音は、君子の部屋の前で
前へ
次へ
全37ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
山本 禾太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング