くずれがしていた。君子は着物を着せ直してやるつもりで帯を解いて着物を脱がした。君子がこの人形を持ってから十二、三年になるが着物を脱がしたのはこの時が初めてである。祖母が死んでから子守奉公、それから一日二日とあわただしい旅芸人、今日の日まで君子には人形の衣裳を脱がして見るほど落ち着いた気持ちの時がなかったのである。
人形を裸にして見た君子は、そこに不思議なものを発見した。人形の左の乳の上あたりに梅の花のような格好の模様が黒々と描かれてあった。それは決して最初からあった人形の傷ではない。あとから墨で書き入れたものであることが明らかだった。
何気なく人形の背中を見ると、そこには『抱茗荷《だきみょうが》の説』と、書かれてある。もし君子の記憶に抱茗荷の紋がなかったら、なんのことか分からなかったに違いない。だが、なんのために、こんなものが書かれてあるのか、そしてそれが何を意味しているのか、いくら考えても君子には分からなかった。君子は、この不思議を、そっとそのまま人形の着物に包んでおくよりほかにしかたがなかった。
君子は旅の十年間、知らぬ土地へ行くと、このあたりに湖のような大きな池はないかと尋
前へ
次へ
全37ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
山本 禾太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング