あてて、前後の事情をはっきりと知りたいためであった。
今年も涼しい風が立ちはじめると君子達は南にむけて旅をつづけた。ある日、初日の商売を終わったその夜、その日の稼ぎが多かったためか、親方はいつもより酒を過ごして、またしても君子に挑《いど》みかかった。君子がはげしく拒《こば》むと酒乱の親方は、殺してやる、といって、出刃包丁を振りまわすという騒ぎだった。その夜あまり度々のことに辛抱しかねたか、親方のおかみさんはついに君子を逃がしてくれた。それも旅で知り合った女《ひと》が堅気《かたぎ》になって、五里ばかり離れた町に住んでいるからと言って、添書《てんしょ》をしてくれた。
君子は、こればかりは手離されずに持っている風呂敷包みの人形をさげて暗い夜道を歩いた。こうして君子は十年という長い間の旅芸人から足を洗うことができた。
親方のおかみさんが添書してくれた家にたどり着いた翌日、人気のないところで君子は風呂敷包みにしていた人形をそっと出して見た。それはながい間風呂敷に包んでいたので、どこか損じたところでもありはせぬかと案じたためだった。幸いに人形はどこも損じてはいなかったが、着物はとてもひどく着
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