呑《の》んだり、針を呑んで見せたりする。ひとわたり芸がすむと女が立って来てはげたお盆をつきだし一銭二銭と金を集めてまわった。やがて人も散ってあとには芸人二人と君子が残ったのであるが、君子はいつまでもそこを去らなかった。旅芸人が商売道具を小さな車に乗せ身仕舞いにかかっても君子はなおそこを離れようとしなかった。こうして君子はついにこの旅芸人に連れられて旅から旅を流れ渡るようになった。
 旅芸人は時候が暖かになってくると北に向かい、涼しくなってくると南に向かって旅をした。それも去年は東海道を通ったから今年は中仙道《なかせんどう》というように毎年巡業の道を変えた。君子は旅の大道芸人の稼業が決して好きではなかった。ことにだんだん年頃になるにしたがって、この稼業がいやになったが、稼業よりもなおいやなことが一つあった。それは今まで親のように言っている親方が酒飲みで乱暴者で、それよりもなおがまんできぬことは、いやらしいことを仕向けることである。十年もこうして辛抱してきたのは、親方のおかみさんがとても親切に、身をもってかばってくれたためでもあるが、それより夢としては諦《あきら》めかねる母の最後の池を捜し
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