遍路が村にはいってきて、この村に善根の宿をする家はないか、と尋《たず》ねると、村人はすぐに君子の家を教えた。だから種々様々な人体《にんてい》の遍路が泊まっていった。人の良さそうな老夫婦もあれば、美しい尼姿の遍路もあった。一夜の宿を恵まれた遍路たちは別棟の建物に旅装を解くと、母屋の庭にはいってきて改めて父や母に挨拶《あいさつ》をする。父は君子の母に言いつけて、野菜の煮たのや汁、鍋などを遍路達のところに運ばせ、時には自分で別棟に出掛けて、遍路の話を聞いて楽しむこともあり、遍路の方から母屋に押しかけて来たこともあった。そんなとき母は父の傍《かたわ》らに坐って、だまって聞いていたそうである。しかし、遍路という遍路のすべてが、美しい尼さんや、人の良い老夫婦ばかりではなく、なかには向う傷のある目のすごい大男や、ヘラヘラとした幽霊のような老人、手のない人なぞ、ものすごく気味のわるい遍路も珍しいことではなかった。そんな遍路が泊まったとき母は気味がわるい、怖いといって奥の間にひっこんだまま出て来なかったそうである。
 こう言うと、祖母の寝物語はたいへん順序だっているようであるが、祖母の話は、こんなに
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