》の葉ほどもあるひまわりが陽《ひ》に顔を向けていたことなぞであるが、こんなことは自分の生まれた家を捜すためには役に立つことではなかった。ただ、これだけは確かだと思うたった一つの記憶は、背戸に立って左の方を眺めると、はるか遠くに一際高く槍のように尖《とが》った山が見え、その頂きにただ一本の大きな松の木があったことである。美しい夕やけにくっきりと、濃い紫で塗りつぶした山の頂きに、墨で描いたような一本の松の木、それが君子の記憶に妙にはっきりと残っている。
 君子は旅をするようになってから、美しい夕陽にであうと、ときどきよその農家の裏口に立って、ためして見るのであるが、自分の記憶にあるような山や松の木を見出したことは一度もない。だから確かだと思っているこの記憶さえ、ほんとうは君子がつくりだした想像であるかもしれない。
 君子の祖母は君子が八歳のときに亡くなった。祖母が寝物語に君子に語ったところによると、君子の父は、君子が生まれた翌年の秋に死んだということである。父は善根《ぜんこん》の深い人で、四国、西国の霊場を経巡《へめぐ》る遍路《へんろ》の人達のために構えの一棟を開放し善根の宿に当てていた。
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