どうして母が死んだのか、誰が送ってきたのか皆目《かいもく》見当がつかなかったそうである。祖母は君子が抱いて帰った人形になにか手がかりはないかと捜してみた。人形は菊菱の紋を散らした緋縮緬の長襦袢をつけ、紫紺に野菊を染め出した縮緬の衣裳を着ていた。帯はなんという織物か祖母には判断がつかなかったが時代を経た錦であることは間違いはなく、人形はどこ出来であるか分からなかったが、相当に年代を経たものらしく、また着ている衣裳なぞも、とても今出来の品ではなかった。そのように古色を帯びたものではあったが、よはど大切に扱われていたものとみえ、髪の毛一筋抜けてはおらず、すこし赤茶気た顔はかえって美しさを増していた。いずれにしてもむずがる子供をあやすために持たせたにしては高価で貴重にすぎる品には違いなかった。しかし、この人形からは不思議な君子の母の死を知る手掛りはなに一つ見出せなかったということである。
それからの祖母は、君子の母が死んだものとは、どうしても思えぬと言いつづけたが、すでに年をとって身体も自由でなく、気も心も萎《な》えきった祖母は、しまいには諦《あきら》めたらしく、家の暮しがあまりに苦しいので
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