れたり、また手を曳《ひ》かれて歩いたりした。そして途中でたしか泊まったはずであったが、それが一度であったか二度であったか思い出せない。ただ暗くなった田舎道を歩いたときの心細さや、低い家並の暗い田舎町にぽつんと四角なガス灯をつけたはたごやなぞのあったことを覚えている。そしてまた明くる日も同じような道がつづいた。そのとき母はたしかにお高祖頭巾をかぶっていた。
この道中の記憶は、まるで夢のようで一つも連絡がなく、思い出す道中の景色であったのか、また、旅をするようになってから見た景色であったのか、一向にはっきりけじめがつかぬのであるが、母が黒|縮緬《ちりめん》頭巾をかぶっていたことだけは間違いないと思っている。
松の木のまばらな、だらだらと長い坂を登りきると急に目の前がひらけて、遠く地平線にまでつづくひろびろとした平野があった。人家なぞも一軒も見当たらず、はるかな右手に大きな、とても大きな池があって、その池のむこうには小さな森と、それを囲む白い塀が見えた。陽はよほど西に傾いて、このひろびろとした池の水は冷たそうな光を放っていた。
母は、この小さな森を指差して君子になにか言ったが、そのとき
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