日と苦しくなり、このままでは三人が餓え死ぬよりほかなくなったので、母は一度国に帰ってくると、祖母一人を家に残して発足したという。
 父の変死から家の没落、母が国へと言って発足するまでの話は、これも長い間にきれぎれに、あとさきの順序もなく聞いた話で、今では断片的にしか君子の記憶によみがえってこないのである。母の発足当時の祖母の話を思いだすと、なぜか妙に君子には抱茗荷《だきみょうが》の紋と、椿《つばき》の花が思い出される。これは決して祖母の話の再生ではなく、その話から連想される、君子自身が直接目に見た記憶に違いないのである。母の発足からなぜ抱茗荷と椿の花が思い出されるのであろうか。
 君子の家の定紋がなんであったか、君子の物心のつくころには、すでに家の没落した後で、定紋のついているものなぞ、家のうちには見出せなかったが、祖母が手廻りの品を入れるために持っていたただ一つの提灯箱《ちょうちんばこ》についていた紋所は、丸のなかに四角なものが四つあったように思うから、これは丸に四つ目の紋に違いない。だから君子の記憶に抱茗荷があろうはずはないのである。椿の花にしても、君子が祖母と一緒に住んでいた山端
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