るい呪いのことばが書き連らねてあったという。その文言がどんなものであったか、君子は祖母から聞いたようには思うが、今ではなにも思い出すことができない。
 こうした変質の人らしかった母が、君子を産んでからまるで人が変わったように円満で温和な人になった。それは今まで乗り移っていた、得体の知れないけだものがぬけ去って本来の人に復《かえ》ったようで、それからの母は手紙なぞ一本も書かなかったそうである。
 夢のきれさしのように君子の記憶にのこっている祖母の話のきれぎれは、今では君子の想像のままに素姓の秘密を限りなく掘り広げている。
 父の変死の後に、すっかり熱の下がった母は前夜泊まった二人の遍路の話を聞き、お高祖頭巾をかぶったその一人がとても母によく似ていたという話を聞くと、非常に驚き、そのまま再び床についてしまったということである。
 父の死後、そんなに裕福でもなかった家は急角度で没落の淵に急いだものらしく、耕す田地もなくなったので作男に暇を出し、広い家の中には祖母と母と、君子の三人だけがさびしくとり残された。そしてついに米塩の資を得るために母は日夜|機《はた》を織らねばならなかった。暮しは日一
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