ところに再縁して、ここを安住の地と定め、姑からは娘のように可愛がられ、夫の気にも入り、一粒種の君子を恵まれて安心しているやさき、父の不慮の死に会ったのだと言う。
母の話をするとき、祖母の目に涙の光っていることが少くなかった。そんなに気にいった嫁であったのに祖母は母の素姓を少しも知らなかったらしい。どういう事情で父のところに縁づいてきたのか、それさえ君子は聞いたことがなかった。
祖母の話によると、君子の生まれるまでの母は精神《こころ》というものを前《さき》の世に忘れてきた人のように、従順ではあったが、阿呆《あほう》のようにも見えたそうな。しかし、それでありながら洞穴のような空虚な身内のどこかに、青白い蛍火のような光が感じられ、気味のわるいところもあったという。不思議なことには、手紙のきたことは一度もないのに母は毎月欠かさず手紙を書き、二里もある町の郵便箱まで自ら入れに行ったそうな。祖母は嫁の素姓が気がかりでもあり、手紙になにが書いてあるのか、ながい間気をつけていたが、内容を知る機会は容易にこなかった。ただ一度、ほんの十行足らずの書きつぶしを発見したことがあったそうで、そこには気味のわ
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