は背の黒い小さな川魚が、静かに遊んでいた。岩の上に佇んでじっと覗きこんでいると、またしても閑枝の心に死と云うことが考えられる。が、その死と云うひろがりの、空虚ななかに、未知の手紙の男の姿がはっきりと、幻覚となって現れるのであった。
 帰りの電車では、山代線で、動橋《いぶりばし》行きを待合す間に、閑枝は山代の町を歩いて見た。駅の前通りを、ほんの二丁程も歩くと、そこの右側に「山代郵便局」があった。無名の手紙は、いつもこの局の消印で来る。片山津《かたやまづ》に郵便局があるのに、何故ここまで投函にくるのであろうか、そんな軽い疑念に、たださえ遅い足のはこびが、一層緩くなったとき、「山代郵便局」と白ペンキで書き込んだ、ドアが内側から、ギーと低い音を立てて、静かに開いた、そして其石段の上に、一人の若い男が現れた、閑枝は、何故とはなしに、ハッと思った、そして幾分狼狽した心で、歩を移した。
 そのあくる日の夕方、閑枝がいつもの通り湖畔の散歩から帰って見ると白い角封筒が机の上に置かれてあった。

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 私の第一信を、あなたは、どう云う気持ちでお読み下さったでしょうか……、それは、あなた
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