仙人掌の花
山本禾太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)閑枝《しずえ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)急|潭《たん》
[#]:入力者注 主に外字の注記や傍点の位置の指定
(例)[#ここから1字下げ]
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(一)
閑枝《しずえ》は、この小さな北国の温泉町へ来てからは、夕方に湖水のほとりを歩くことが一番好きであった。
丘一つ距てた日本海に陽が落ちると、見る見るうちに湖面は黒くなって、対岸の灯が光を増すのであった。
陽が、とっぷりと暮れる。芦の葉ずれ、にぶい櫓声《ろごえ》、柔かな砂土を踏むフェルト草履の感じ、それらのすべては、病を養う閑枝にとっては一殊淋しいものではあったが、また自分の心にピッタリと似合った好もしい淋しさでもあった。
そっと人にも隠れるようにして二階へ登った閑枝は、机の前に座ってホッと軽い溜息をつくと、ガラス窓からその窓一ぱいに黒く垂れ下った柳の葉に見入った。机の上に届いたばかりの二通の手紙にはちょいと視線を落したばかりで、それを手にとるでもなく、いま薬の包紙を開いたままコップに盛られた水を
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