ったが、それでも現在の閑枝に取ってただ一つの刺戟である手紙の主がこのまま、消えてしまうことは淋しいことには、違いなかった。
 しかし、それから四五日の後、閑枝は机の上に、再び差出人の署名のない、白い角封筒を見出した。

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 私は、あなたへの手紙を、毎日書いています。それが現在の私の仕事の総てです。世に容れられない身体を持った私は、何度自殺と云うことを考えたでしょう。だが死ぬ勇気さえもなく私は惰性のような命をもって、この温泉場に逃れてきました。京都から来るときには沢山の本を持って来ましたが、まだその三分の一も読んでは居りません。読めば読むだけ、苦痛を増すばかりで、少しも慰めとはなりません。此土地も次第に都会の人が入り込んで来ます。私は幾度湖水の畔に立って死を考えたことでしょう。でも私は生きていたればこそ、あなたと云う方を見出すことができたのです。私は生きていたことの幸福をしみじみと感じます。貴女の御病気が一日も早く御全快になるよう祈りながら、その日が貴女をこの町から失うときであるかと思うと、淋しくなります。しかし私は、そのときがきても決して悔まないでしょう。それは私
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