しさは感ぜられるが、どこかにまた、生のよろこびを歌っているようにも思われた。しかしそれよりも、此手紙の主《ぬし》が何人《なにびと》であろうか、と、云う好奇心が第一に起るのであった。
(二)
其あくる日は、兄夫婦と共に、伊切の浜へ行って見た、京都と云う海のない都会に育って、海と云えば大阪の築港より知らぬ閑枝に取っては、日本海に向って立った感じは、あまりに雄大すぎた。初夏の光が海一ぱいに拡って、遠い海のはては、次第に灰色にかすんでいる、そのかすんだ灰色のなかから、黒い大きな波が魔物のように押し寄せて、怒りそのもののように岸をかんでいる。
閑枝の心は、またしても淋しさに捉えられた。
帰りは自動車に乗った。
陽にかがやいた磯。白く光る波頭。暗く灰色にかすんだ海の涯が、いつまでも閑枝の心にのこっていた、机の抽出《ひきだし》には、遺書と、未知の人から来た手紙とが、何時までも這入っていた。
「あんなことを云っても、ほんの一ときの気まぐれから、いたずら半分の手紙だろう」
斯《こ》う思い捨てても、時折はその手紙を出して眺めることもあった。別に大きな期待をかけている様でもなか
前へ
次へ
全21ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
山本 禾太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング