ふとんを敷いて了《しま》うと、火鉢のそばに座りながら一寸そこの置時計を眺めて、
「今朝金沢へ行ったので八時頃には帰るって………、もう帰ってくる時分よ」
 停車場には、今電車が着いたらしく、四五人の、人の足音が入りみだれて、家の前を通ったが、すぐにまた、もとの静かさにかえった。兄が今の電車で帰ったらしく、くせのある静かな咳払いが聞えたと思うと、二階へ上って来た。
「おかえり」
「おかえりなさいまし」
 兄の着替えを手伝ながら姉は、
「明日、閑さんと私を、伊切の浜へ連れて行って下さいね」
「それもいいな、しかしもう日中は少し暑くはないかな……。それは、そうと閑枝、お前弥生軒で写真を写したそうだね」
「ええ、一寸今日、あの前を通ると写して見たくなって……」
「今日電車の中で、弥生軒のおやじに会ったら、『お嬢さんを撮らして貰いました』と云って喜んでいたよ、しかし此辺の写真屋は、とても下手だからなア」
 食事のために、兄夫婦が下へ下りてゆくと、閑枝は、机の下から手紙を出して見た。
 なんでもない手紙だが、閑枝の自殺の機会を奪ってしまった。読みかえして見ると、その手紙からは、病苦になやむものの、淋
前へ 次へ
全21ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
山本 禾太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング