ッと抱いて居ることが出来なくなりました。この湖畔の小さな温泉町に、あなたの姿を見ることができたと云う喜びを………。
 これから私は、あなたに手紙を差上げることを日課とするかもしれません。それは私のこの心の喜びが、あなたを不快にしないだろうと信ずるからです。お互に病を養うものに取っては、慰めが一番大切だと思いますから………。
[#ここで字下げ終わり]

 この手紙は今、自殺を思った閑枝の心に、大きなすき間をつくってしまった。も一度繰り返して読んでみよう、と思っているところへ、姉が上って来た。
「いつの間に、帰って来たの、あまり長く潟のそばに居ては、よくないと思って心配していたの」
 姉は、窓のガラス障子を細目に開けて、押入れから、夜具を出しながら、
「明日、伊切の浜へ行かない、義兄さんもお休みだから、なかなかいいとこよ」
 閑枝は、手紙をそっと机の下に押込みながら、
「ええ、行ってもいいわ、だけれどもまた此前見たいじゃ………」
「なにね、もう大丈夫よ、病気だってよほどよくなっているんだし、それにあすこには自動車があるしするから………」
「義兄さん、今晩はかえらない」
 姉は、部屋の片隅に
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