その前に座っていた。やがて、憤りに似た感情が閑枝の胸に湧き起った。それは二年の間を胸に抱きしめて愛撫に磨いた珠玉を、泥靴で踏みくだかれた口惜しさと、腹立しさとであった。
 閑枝は幾度読み返したか知れない四通の手紙を引破って了った。それを傍の火鉢に放げ入れると、マッチを摺って火をつけた。赤く弱い焔がメラメラと立のぼったが、それが消えると黒くなって残った手紙の残骸は、火鉢のなかで脹れ上った、そしてその一部は灰となって軽く天井に舞い上った。
 閑枝は、ツ[#「ツ」に傍点]と立上った、そして書架の上にかけていた「仙人掌の画」に手をかけた、が、そっと静かに手を引いてその画に見入った。
「仙人掌」のなかの顔は笑っていた。閑枝は、それに引入れられるようにかすかな笑を頬に浮べながら低い声でなにごとかを話しかけていた。
 長い間画に話しかけていた閑枝の顔は、次第に蝋の如くに蒼ざめた。
「仙人掌」のなかの顔は次第に夫の顔に変っていった。
 荒々しく額椽に手をかけた閑枝は、またしてもツと手を引いた。
(夫がこう云う画を描くだろうか)と、閑枝は思ったのである。

        (七)

 結婚後、夫が画を描
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