にも御詫申上候、久しき御病気も御本復|被遊《あそばされ》私方の本懐も之れに過ぎ不申《もうさず》、健かなる御血色にて、御乗車御出発を御見送り申上候私共にとりても、些か御看護申上候甲斐ありと、御尊父様に対しても、肩身の広き思い致候、此上とも何卒《なにとぞ》御用心被遊候様御願申上候
 尚過日は沢山の御手当を頂戴仕り万々難有御礼申上候、来年は御健やかなる体を拝し度《たく》、是非御入湯|被下《くだされ》候様御願申上候
 尚々御預り申上居り候(書籍並に画の道具類)御送付|可申上《もうしあぐべき》候|哉《や》如何一寸御命じ被下度候
 九月二十七日
[#ここで字下げ終わり]
 と記されてあった。
 日が暮れて電気が点いていた。
 日記を繰って見ると、山中へ行ったのは五月十二日であった。山代郵便局のドアを開いて出てきた男は、ほんのただ一瞬間顔を見合せただけであったが、閑枝の記憶にのこるそのおもざしは今の夫に似ているようであった。永い間閑枝の胸に抱かれてきた未知の男の姿が、今現実なものとなって閑枝の前に現れた、それが夫である。
 机の上には四通の手紙が置かれてあった。
 閑枝は魂を抜き去られたもののように
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