閑枝の胸に巣喰うていた。その男の姿は、いろいろに形を変えた。咳に苦しみながら画筆を握っていることもあった。暗い湖辺に後姿を見せて佇んでいることもあった。時とすると不自由な身体を松葉杖に支えられていることもあった。
閑枝の結婚は、旧式の、而かも一種の犠牲婚姻であった。その結婚の当夜、まだスッキリと病気の癒りきらぬ身体を自動車にゆられているとき、閑枝の座っている前方のガラスに未知の男の顔が映った。閑枝は淋しい笑をその顔に与えた。
閑枝は、藤畳の黒く光る烏丸《からすま》の家から、この東山の洋館に身の置所を換えてからも、その居室には「仙人掌の花」の画をかけていた。絵のなかの仙人掌は年を経たせいかひどく黒ずんで、その醜い姿はますます醜いものになっていた。それと反対に、その頂点に咲くただ一輪の小さな赤い花は、その赤さの色は、ますますさえ[#「さえ」に傍点]て気味悪いまでに美しく浮きあがって見えるのであった。
婚礼の当夜、自動車のガラスに形を現わした未知の男の顔は、そのままこの仙人掌のなかに潜んでいた。
仙人掌の画に向ってなにごとかを囁いている閑枝を、女中なぞは、ときどき見かけることがあった
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