えびす》社を合併せしより、漁夫大いに怒り、一昨夏祭日に他大字民と市街戦を演じ、警吏等の力及ばず、ついに主魁九名の入監を見るに及び、所の者ことごとく合祀の余弊に懲《こ》り果てたり。わが邦人宗教信仰の念に乏しと口癖に言うも、実際合祀を濫用して私利を計る官公吏や、不埒千万にも神社を潰して大悦する神職は知らず、下層の民ことに漁夫らは信心はなはだ堅固なる者にて、言わば兵士に信心家多きごとく、日夜|板《いた》一枚の命懸けの仕事する者どもゆえ、朝夕身の安全を蛭子《えびす》命に祷り、漁に打ち立つ時獲物あるごとに必ずこれに拝詣し報賽《ほうさい》し、海に人落ち込みし時は必ずその人の罪を祓除《ふつじょ》し、不成功なるごとに罪を懺悔して改過し、尊奉絶えざるなり。しかるに海幸《うみさち》を守る蛭子社を数町|乃至《ないし》一、二里も陸地内に合併されては、事あるごとに祈願し得ず、兵卒が将校を亡《うしな》いしごとく歎きおり、ために合祀の行なわれたる漁村にはいろいろの淫祀が代わりて行なわれており、姦人の乗じて私利を営むところとなる。これ角《つの》を直《ただ》さんとして牛を殺せるなり。
学者や富豪に奸人多きに引きかえ、
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