と言い、僧に向かいて汝自身の祈祷一俵を磨場《つきや》に持ち往き磨《ひ》いて粉にして朝食を済ませよなど罵りしに同じ。『智度論』に、恭敬は礼拝に起こると言えり。今すでに礼拝すべき神社なし、その民いかにして恭敬の何物たるを解せんや。すでに恭敬を知らぬ民を作り、しかして後日長上に従順ならんことを望むるは、矛盾のはなはだしきにあらずや。かく敬神したきも、敬神すべき宛所《あてどころ》が亡われおわりては、ないよりは優れりという心から、いろいろの淫祀を祭り、蛇、狐、天狗、生霊《いきりょう》などを拝し、また心ならずも天理教、金光教など祖先と異なる教に入りて、先祖の霊牌を川へ流し、田畑を売りて大和、備前の本山へ納め、流浪して市街へ出で、米搗きなどして聊生《りょうせい》する者多く、病を治するとて大食して死する者あり、腐水を呑んで失心するもあり。改宗はその人々の勝手次第なるも、かかる改宗を余儀なくせしめたる官公吏の罪|冥々裡《めいめいり》にはなはだ重し。合祀はかくのごとく敬神の念を減殺《げんさつ》す。
第二に、神社合祀は民の和融を妨ぐ。例せば、日高郡|御坊《ごぼう》町へ、前年その近傍の漁夫が命より貴ぶ夷子《
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