、怒ってその臼を割って焼きしまった。下の爺臼を取り還しに往くと灰になって居る。灰でもよいからとて笊《ざる》に盛って帰り、沼にある鴈《がん》に向って、「鴈の眼さ灰入れ」と連呼してその灰を蒔くと、たちまち鴈の眼に入ってこれを仆《たお》し、爺拾い帰って汁にして食う。そこへ上の婆またやって来て羨ましさにその灰を貰い帰った。向う風の強い晩に、爺屋の棟《むね》に上ってこれを撒《ま》くとて文句を誤り「爺々眼さ灰入れ」と連呼したので向う風が灰を吹き入れてその眼を潰《つぶ》し、爺屋根より堕つるを鴈が落ると心得、婆が大きな槌《つち》で自分の老夫を叩《たた》き殺したというのだ。
 馬琴の『※[#「覊」の「馬」に代えて「奇」、第4水準2−88−38]旅漫録』上に、名古屋で見た絵巻物を列した内に「『福富《ふくとみ》の草子《そうし》』云々、京にありし日同じ双紙の写しを見たり、橋本氏の所蔵なり(追書に橋本経亮の所蔵を見たり、そを写させしが京伝《きょうでん》子懇望により贈り与えたり)、今児童の夜話に花咲爺というものよくこの福富長者の事に似たり、これより出たる話にや」と記す。『福富草子』は足利氏の世に成ったもので、『新
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