に常倫に異なり。すなわち婆羅尼斯に往き王の園苑中に住《とど》まる。守苑人美女を見て希有《けう》の思いをなし速やかに王に告げ、今美貌成就せる少女ありて現に苑内にありという。王宜しく速やかに連れ来るべしと命じ、すなわち大威儀を以て僕従をして王宮に迎え入れしめ、王かの美女を見て深く愛著を生じた。美女すなわち王を閑処につれ行きてこれを殺し、たちまち呪を以て自身を男に戻し、王冠を戴き、委細を宰牛大臣に告げたので、諸臣この漁師の仮子を冊立《さくりつ》して王とした。その時諸天|偈《げ》を説いて曰く、頭を断たぬ内は殺したと言えぬ、また起ちて能くかくのごとき業を作《な》す、事宜《じぎ》に随って他を損ずるも害と名づけず、白膠王の子を害したもののごとしと。橘好則が、平維茂《たいらのこれもち》の頭を慥《たし》かに取って、此奴《こやつ》万一生きもや返ると鞍の鳥付きに結い付けぬ内は安心出来ぬといったに同じ(『今昔物語』二五)。
明の李卓吾《りたくご》の『続開巻一笑』四に、唐寅《とういん》字《あざな》は伯虎、三月三日において浴澡す。一客これを過《おとずれ》て見る事を求む、浴を以て辞す、客悦ばずして去る。六月六日に
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