し示すに随い王使は追い往く。漁師の子は走って山里に到り、染工に就いて隠れ家を求めた。染工これを衣嚢で重ね包み、驢に載せて里外の浴場に運び去った。そこで漁師の子起き上り辺《あたり》を見廻し立ち去る処を、また見た者ありて王の使に語ったから王の使はまた追って往った。漁師の子は遁《のが》れて靴工の宅に入り仔細を明かし、踵《かかと》を前に指を後にした靴一足を拵《こしら》えもらい、穿《うが》って村を出るに高い牆《かき》で取り廻らして踰《こ》ゆる事ならぬから、やむをえず水|竇《あな》中から出た。王の使追い到り、その脚跡を尋ねて靴師の家に至ったが、本人は遠く逃げ去りいた。
この靴を逆さまに履《は》いて追う者の眼をごまかし無難に逃げ果《おお》せるという事よくあるやつで、『義経記』五の六章に、義経吉野を落る時、弁慶誰も命惜しくば靴を倒《さか》しまに履きて落ちたまえと勧め、判官その所由を問うに、西天竺しらない国の王、はらない国王に攻められ逃げる時、靴を逆さまに穿《は》いて命を全うし、再び兵を起して勝軍した故事を、法相《ほうそう》三論の遺教中から学びいたと答えたと記す。津村正恭の『譚海《たんかい》』二に、丹
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