妻を説き、その生むところの女子を后が産んだ男子と取り換えた。それから王に詣でて達摩后は女子を生んだと告げたので、王しかる上はわれ安心なりとて再び問わなかった。后が生んだ男子は漁師に養われたが、ようやく長じて読み書きを好み、殊に詩を巧みに作ったので詠詩漁児と呼ばれた。
宰牛大臣一日達摩后に后が産んだ男児今は詩人になり居ると告げると、后|何卒《なにとぞ》一目逢わせてほしいと望んでやまず。宰牛謀計してその子に魚を持たせ、魚売りの風をして母を訪《と》わしめた。相師またこれを見て、この魚売りは必ず我王を殺して王位を取るべしと言った。王これを聞いて群臣に命じ捕えしむ。漁師の子これを知って諸処逃げ廻りついに一老姉にかくまわる。老姉|謀《はか》ってその身に芥子《からし》と胡麻の油を塗って死骸に似せ(シェッフネルの『西蔵諸譚』にこうある。唐訳には大黄を塗って死人の色のごとくすと出づ)、林中へ舁《か》き往かしむ。その時林中に花果を採る人ありて、漁師の子が死人中より起き出でて走るを見、逐《お》えども及ばず。そこへ王の使者来って箇様箇様の人相の者を見ぬかと問うに、ちょうど只今見た、この路から去ったと指《さ》
前へ
次へ
全69ページ中51ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング