、その詔の発端には風雨順序し五穀豊穣なるべきため祷った由見える(『続日本紀』十四)。しかるに当時最勝|会《え》を宮中法事の第一とし、天平九年冬十月最勝会を大極殿に啓《ひら》く、その儀元日に同じというほどで(『元亨釈書』二の「釈道慈伝」)、二経の内『最勝王経』を特に朝家が尊んだので、『法華経』凝りの徒がこれに抗して瓢より米が出た話を作って、かの経が『最勝王経』に勝ると張強したのだ。
犬の笑譚は、諸国にあるが今その二、三を挙げる。元和《げんな》九年|安楽庵策伝《あんらくあんさくでん》筆でわが邦落語の鼻祖といわるる『醒睡笑』巻一に「人|啖《く》い犬のある処へは何とも行かれぬと語るに、さる事あり虎という字を手の内に書いて見すれば啖わぬと教ゆる後《のち》犬を見虎という字を書き済まし手を拡げ見せけるが、何の詮もなくぼかと啖いたり、悲しく思いある僧に語りければ、推したり、その犬は一円文盲にあったものよ」と。『嬉遊笑覧』八に、この呪《じゅ》、もと漢土の法なり。『博物類纂』十に、悪犬に遇わば左手を以て寅《とら》より起し、一口気を吹き輪《めぐ》って戌《いぬ》に至ってこれを※[#「てへん+稻のつくり」、第
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