伝うる七睡人の譚は、ギボンの『羅馬衰滅史』三十三章の末に手軽く面白く述べられているが、それにはここに述べた犬ラキムの名は一所見えるのみで、それについての譚全く出おらぬ。
 白井権八《しらいごんぱち》の人殺しは郷里で犬の喧嘩に事起ったと、講談などで聞く。西洋にも詩聖ダンテまで捲き添えを食わせたゲルフ党とギベリン党の内乱は全く犬の喧嘩に基づいたというが、噺《はなし》が長過ぎるからやめとする。東ローマ帝国が朝廷の車の競争から党争に久しく苦しみし例もあり。『醒睡笑』には、越前の朝倉家が相撲の争論から、骨肉相殺すに及んだ次第を述べある。

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 さきに出した『今昔物語』の瓢箪から麦米を出した譚は、もと仏徒が『最勝王経』と『法華経』の効力《くりき》を争うたから起ったものだ。聖武帝の天平十三年正月天下諸国に詔《みことのり》して七重塔一区ずつを造り、並びに『金光明最勝王経』と『妙法蓮華経』各十部を写させ、天皇また別に『金光明最勝王経』を写し毎塔各一部を置かしめ、また毎国金光明四天王護国寺に二十僧、法華滅罪の寺に十尼を置き、その僧尼毎月八日必ず『最勝王経』を転読して月半に至らしむとあって
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