ろう。
 これらの例から見ると、摩頭羅なる語の本義は何ともあれ、国としても人としても仏典に出るところ猴に縁あれば、猴の和名マシラはこれから出たのかと思わる。
 本来サルなる邦名あるにマシラなる外来語をしばしば用いるに及んだは、仏教|弘通《ぐつう》の勢力に因ったがもちろんながら、サルは去ると聞えるに反してマシラは優勝《まさる》の義に通ずるから専らこれを使うたと見える。『弓馬秘伝聞書』に祝言《しゅうげん》の供に猿皮の空穂《うつぼ》を忌む。『閑窓自語』に、元文二年春、出処不明の大猿出でて、仙洞《せんとう》、二条、近衛諸公の邸を徘徊せしに、中御門《なかみかど》院崩じ諸公も薨《こう》じたとあり。今も職掌により猴の咄《はなし》を聞いてもその日休業する者多し。予の知れる料理屋の小女夙慧なるが、小学読本を浚《さら》えるとては必ず得手《えて》と蟹《かに》という風に猴の字を得手と読み居る。かつて熊野川を船で下った時しばしば猴を見たが船人はこれを野猿《やえん》また得手吉《えてきち》と称え決して本名を呼ばなんだ。しかるに『続紀』に見えた柿本朝臣|佐留《さる》、歌集の猿丸太夫、降《くだ》って上杉謙信の幼名猿松、
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