後肢を伸ばして覆《うつ》むき臥し、前手で母の背毛を握って負われ居る。眼疾き若猴が漿果多き木を見付け貪《むさぼ》り食うを見るや否や、上猴どもわれ一と駈け付けてこれを争う、所へ大猿来り、あるいは打ちあるいは毛を引き、脱隊者をばあるいは尻を咬《か》みあるいは尾を執って引き戻しおし入れ振り舞わす、かくて暫時の間に混雑を整理し、自ら樹下に坐し、静かに漿果を味わう。この狗頭猴は夥しく音声を変える、けだし言語の用を為すらしく、聞いて居ると警を告げるとか、注意を惹くとか分って来た。例せば予が樹蔭に匿《かく》れて窺うを見付け何物たるを審《つまびら》かにせぬ時、特異の叫びをなして予を叫び出したと。パーキンスの『アビシニア住記』一にも狗頭猴の記事ありいわく、この猴の怜悧なる事人を驚かす、毎群酋長ありて衆猴黙従す、戦闘、征掠《せいりゃく》、野荒し等に定法あり、規律至って正しく用心極めて深し、その住居は多く懸崖《けんがい》の拆《ひら》けたる間にあり、牝牡老若の猴の一部族かかる山村より下るに、獅子のごとき鬣《たてがみ》で肩を覆える老猴ども前に立ち、頃合《ころあい》の岩ごとに上って前途を見定む、また隊側に斥候たるあ
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