奥羽観跡聞老誌』九に、気仙郡五葉嶽の山王神は猴を使物とす、毎年六月十五日、猴集って登山しその社を拝む、内に三尺ばかりの古猴一刀を佩《お》びて登り、不浄参詣は必ずその刀を振って追う、人これを怪しむと出づ。馬の話の中に書いて置いたごとく、アラビアの名馬は交会して洗浄せぬ者を乗せずといい、モーリシャス島人は猴に果物を与えて受け付けぬを有毒と知るという(一八九一年板ルガーの『航行記』巻二)。惟《おも》うに老猴よく人の不浄を嗅ぎ分くる奴を撰び教えて帯刀させ、神前へ不浄のまま出る奴原《やつばら》を追い恥かしめた旧慣が本邦諸処にあったから、猴をイソノタチハキというたので、イソは神祠の前を指す古名だろう。イソノタモトマイ、コガノミコ、タカノミコ等は古え※[#「けものへん+爰」、第3水準1−87−78]女《さるめ》の君《きみ》が巫群《ふぐん》を宰《つかさど》った例もあり、巫女《ふじょ》が猴を馴らして神前に舞わせたから起った名で、タカは好んで高きに上る故の名と知る。
サルとは何の意か知らぬが巫女の長《おさ》を※[#「けものへん+爰」、第3水準1−87−78]女の君と呼んだなどより考うると、本邦固有の古名
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