、我身知らずの性悪《しょうわる》という者ならずや」、風呂屋の猿とは『嬉遊笑覧』九に、『一代女』五、一夜を銀六匁にて呼子鳥、これ伝受女なり、覚束《おぼつか》なくて尋ねけるに、風呂者を猿というなるべし。暮方より人に呼ばれける(風呂屋女に仇名《あだな》を付けて猿というは垢をかくという意となり)とあり。正徳元年板|其碩《きせき》の『傾城禁短気《けいせいきんたんき》』に「この津の橋々に隠れなき名題の呂州(風呂屋女を指す)猿女上人」、一向宗の顕如《けんにょ》に猿をいいかけたり。元禄十三年板『御前義経記』五にも「以前の異名は湯屋猿と申し煩悩の垢をすりたる身」とあり。それから『信長記《しんちょうき》』八「美濃近江の境に山中という処、道傍にいつも変らずいる乞食あり。信長その故を問うに在処の者いう、昔当所山中の処にて常磐御前を殺せし者の子孫、代々|頑《かた》わ者と生まれて乞食す、山中の猿とはこの者と、六月二十六日|上洛《じょうらく》取り紛れ半ば、かの者の事思い出で、木綿《もめん》二十反手ずから取り出し猿に下され、この半分にて処の者隣家に小屋をさし、飢死せざるように情を掛け、隣郷の者ども、麦、出候わば麦を一
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