あり、兵器持った猴どもに護られ林中に住む。人、猴を捕うれば余猴これを王に訴え、王すなわち猴兵を派し捜らしむ。猴兵市中に入りて家を壊《やぶ》り人を打つ、諸猴固有の語を話し、夥しく子を産む。その子両親に似ざれば官道に棄つるを、インド人拾い取りて諸の手工や踊りを教え夜中これを売る。昼売れば道を覚えてたちまち還《かえ》ればなり。アラビアの大旅行家イブン・バツタも、インドの猴王を、四猴、棒を執りて侍衛すと述べた。これらの記事中に無下《むげ》の蛮民を猴と混同したもあるべきか(タイラー『原始人文篇』一巻十一章)。
昔人多からざりし世に猴ばかり住んだ地方ありしは疑いなく、さてタイラーも言ったごとく、未開時代には猴を豪い者とし、人を詰まらぬ者とし過ぐる事多かったに付けて、かく他の諸動物に勝《すぐ》れて多勢で威を振うを見て、その地の所有権は猴にあるごとく認めたのだ。
松を太夫とし、雨を獄に下し、狐に訓示を発し、兎に制条を出した東洋人と均《ひと》しく、文化に誇る欧州でも、古くデモクリトスは重罪を犯した動物の死刑を主張し、ヴァロはローマ人労働の棒組たる牛を殺すを殺人罪と攷《かんが》えたのみならず、中世まで
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