ん」と諸神が平家を笑うだろう。これを以てこれを見るに、当身のその本人が十年前に狂と見た熊楠の叡智に今は驚き居るに相違ない。魏徴《ぎちょう》、太宗に言いしは、われをして良臣たらしめよ、忠臣たらしむるなかれと。この上仰ぎ願わくば為政者、よっぽど細心してまた熊楠をして先見の明に誇らしむるなからん事を。マアざっとこんな世間だから、段成式が人に九影ありと聞いて感心して『雑俎』に書き留めたのも、諸方の民が人に数魂ありと信ずるのもむやみに笑う訳に行かず。これを笑うたのを他日に及んで笑わるるかも知れぬという訳は、変態心理学の書にしばしば見る二重人格また多数人格という例少なからず。甚だしきは一人の脳に別人ごとく反対した人格を具し、甲格と乙格と相嫌い悪《にく》む事|寇讎《こうしゅう》のごときもある。されば猿田彦が死に様に現じた動作の相異なるより察して、その時々の心念を平生の魂と別に、それぞれ名を立て神と視《み》た『古事記』の記述も、アルタイ人が人ごとに数魂ありて各特有の性質、働き、存限ありと信ずるも理に合えりともいうべし。それと等しく一つの神仏菩薩に数の性能を具するよりその性能を別ちて更に個々の神仏等を立
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