てた事多きは、ギリシャ、ローマの神誌や仏経を読む者の熟知するところで、同じ猴ながら見立てように随って種々の猴神が建立された。猿田彦がインドの青面金剛、支那の三尸と結合されて半神半仏の庚申と崇められた概略は出口氏の『日本生殖器崇拝略説』に出で、この稿にも次第したればこの上詳説せずとして、衢《ちまた》や、旅行や、盗難を司る庚申のほかに、田畑、作物を司る猴神ある事前述のごとく、そのほかまた猴を山の神とせるあり。
玄奘三蔵の『大唐西域記』十に、駄那羯礫迦国の城の東西に東山西山てふ伽藍あり。この国の先王がいかめしく立てたので霊神警衛し聖賢遊息した。仏滅より千年のうち毎歳千の凡夫僧ありてこの寺に籠《こも》り、終りて皆羅漢果を証し、神通力もて空を凌《しの》いで去った。千年の後は凡聖同居す。百余年この方《かた》は坊主一疋もいなくなり、山神形を易《か》えあるいは豺狼《さいろう》あるいは※[#「けものへん+爰」、第3水準1−87−78]※[#「けものへん+鴪のへん」、115−15]《えんゆう》となりて行人を驚恐せしむ、故を以て、空荒《くうこう》闃《げき》として僧衆なしとある。既にいったごとく、※[#「け
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