+爰」、第3水準1−87−78]田毘古《さるたひこ》の神、阿邪訶《あざか》に坐《いま》せる時に漁《すな》どりして、ヒラブ貝にその手を咋《く》ひ合されて海塩《うしお》に溺《おぼ》れたまひき。かれ、水底に沈み居たまふ時の名を底《そこ》ドク御魂《みたま》といひつ。その海水のツブ立つ時の名をツブ立つ御魂といひつ、その泡《あわ》さく時の名を泡サク御魂といひき」。本居宣長はこのヒラブ貝を月日貝のように説いたが、さすがに学問を重んじただけあって、なお国々の人に尋ね問わば今も古えの名の残れる処もあるべきなりと言われた。そしてまたタイラギという貝あり、ギはカイのつまりたるにて平ら貝の意にて是にやと疑いを存せられたは当り居る。
[#「第10図 紀州新庄村のタチガイ二種」のキャプション付きの図(fig2539_10.png)入る]
 田辺附近の新庄村より六十余歳の老婦多年予の方へ塩を売りに来る。蚤《はや》く大聾《だいろう》となったので四、五十年前に聞いた事のみよく話す。由って俚言土俗に関して他所風の雑《まじ》らぬ古伝を受くるに最も恰好《かっこう》の人物だ。この婆様が四年前の四月、例により塩を担《にの》うて来
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