。前にも述べた通り猴は形体表情人を去る事間髪を容《い》れず、したがってこれを殺しこれを食うは人情に反《そむ》くの感あり。楚人猴を烹《に》るあり、その隣人を召すに以て狗羹《こうこう》と為《な》してこれを甘《うま》しとす。後その猴たりしと聞き皆地に拠ってこれを吐き、ことごとくその食を瀉《しゃ》す、こはまだ始めより味を知らざるものなり(『淮南鴻烈解』修務訓)。近年死んだヘッケルがエナ大学の蔵中になき猴種一疋を打ち取った時、英人ミラー大佐、たとい科学のためなりともその罪人を謀殺せるに当ると言うた(一九〇六年板コンウェイの『東方諸賢巡礼記』三一七頁)。コンウェイがビナレスの猴堂に詣《もう》で多くの猴を供養したところに猴どもややもすれば自重して人間を軽んずる気質あるよう記した。これ猴の豪《えら》い点また人からいえば欠点で、心底から人に帰服せぬもの故、ややもすれば不誠実の行い多く、犬馬ほど人間社会の開進に必要な役目を勤めなんだのだ。『大集経』に〈慧炬《えこ》菩薩猴の身を現ず〉、インドでも猴に炬を持たせたものか。
 右述西アフリカのバーボー猴に似た記事が『古事記』にあって「かれ、その※[#「けものへん
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