せぬのだ。瑣細《ささい》な事のようだが、心理論理の学論より政治外交の宣伝を為《な》すにこの辺の注意が最も必要で、回教徒に輪廻《りんね》を説いたり、米人に忠孝を誇ってもちっとも通ぜぬ。マローンの『沙翁集』十に欧州の文豪ラブレー、ラフォンテンなどの女人、その根《こん》を創口《きずぐち》に比して男子に説く趣向を妙案らしく喋々《ちょうちょう》し居るが、その実東洋人にはすこぶる陳腐で、仏教の律蔵には産門を多くは瘡門《そうもん》(すなわち創口)と書きあり、『白雲点百韻俳諧』に「火燵《こたつ》にもえてして猫の恋心」ちゅう句に「雪の日ほどにほこる古疵《ふるきず》」。彦山権現《ひこさんごんげん》の戯曲に京極内匠が吉岡の第二女に「長刀疵《なぎなたきず》が所望じゃわい」。手近にかかる名句があるにとかく欧人ならでは妙案の出ぬ事と心得違う者多きに呆《あき》れる。もちろん血腥《ちなまぐさ》からぬ世となりて長刀疵などは見たくても見られぬにつけ、名句も自然その力を失い行くは是非なしとして、毛皮や刀創を多く見る社会にはそれについて同一の物を期せずして聯想する、東西人情は兄弟じゃ。
 女を猴に比する事も東西共にありて、英
前へ 次へ
全159ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング