たのだろうと。註にいわく、ジブラルタルでも猴の屍を見た事なしというと。虎は死して皮を留むとか、今井兼平《いまいかねひら》などは死に様を見せて高名したが、『愚管抄』に重成は後に死にたる処を人に知られずと誉《ほ》めけりとある。多田満仲《ただのみつなか》の弟、満政の後で美濃の青墓で義朝と名のり、面皮を剥いで死んだ源重成を指《さ》すか。『大和本草』には猫は死ぬ時極めて醜い由で、隠れて人には見せぬとあるが余は幾度も見た。ある知人いわく、猫の屍は毎々《つねづね》見るが純種の日本犬の死体は人に見せぬと。
 前出ハヌマン猴王の素性について異説あり、羅摩の父ダサラダ子なきを憂い神に牲すると、牲火より神現じ天食を王に授く。その教えに任せて王これを三妃に頒つにその一人分を鷲《わし》が掴《つか》んで同じく子を求めて苦行中のアンジャニ女の手に落し入る。それを食うてたちまち孕み生んだその子がハヌマンだったという。ハヌマン猴王は死せず、その身金剛にして膂力《りょりょく》人に絶す。羅摩の楞伽《りょうが》攻めに鳥語を解いたり、海を跳び越えたり、猫に化けたり、山を抜き持って飛んだり、神変出没限りなく、ついに私陀を取り還す
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