家豬《ぶた》の汚い臭いが馬を健にすという由(一五八一年版ブスベキウスの『土耳其《トルコ》行記』)。
 馬の食物にも、種々流儀の異なったのがある。タヴェルニエーの『印度紀行』に、ウンチミッタ辺で毎朝蝋のごとき粗製の黒砂糖と麦粉と牛酪《バター》を練り合せて泥丸となし、馬に嚥《の》ましめ、その後口を洗い歯を潔《きよ》めやると見え、サウシの『随得手録《コンモンプレース・ブック》』二には、麪麭《パン》で馬を飼った数例を挙ぐ。『馬鳴《めみょう》菩薩伝』にいわく、昔北天竺の小月氏国王、中天竺を伐ちて三億金を求む。中天王わが国に一億金すらなしというと、小月氏王いわく、汝が国内に、仏が持った鉢と、弁才|勝《すぐ》れた比丘とあり、この二大宝を二億金の代りに我に寄《よこ》せと、中天王惜しんで与えそうもなきを見、かの比丘説法して、世教は多難なる故、王は一国のみを化す、これに引き替え、仏道は四海に弘通《ぐずう》すべく、我は四海の法王たるべき身分だから何処《どこ》へ往ったからって親疎の別を存せずというを聴いて王感服し、鉢と比丘を渡ししもうた。それを伴れて使が小月氏国へ還ると、国の諸臣議すらく、仏鉢は直《まこと》に
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