目的は至って結構だが、その基礎とさるる材料が甚だ危殆《あやふや》なるに呆れ、年来潜心その蒐集を事とし、不毛一件ごときも一大問題としていかな瑣聞をも蔑せず。しかる内近村に久しく行商を営み、諸方の俗伝に精しき老人この件に関して秘説を持つと聞いて少しも躇《ためら》わず。人の命は雨の晴れ間を待つものかと走り行きて尋ぬると、老人|新羅《しんら》三郎が笙曲を授くるような顔して、ニッとも笑わず語り出でしは、旧伝に絶えてなきを饅頭《まんじゅう》と名づく、これかえって太《いた》く凶ならず、わずかにあるをカワラケと呼び、極めて不吉とす、馬に河原毛《かわらげ》ありそれから移した称だと。当時は特に留意せなんだが、ほどなく老人死した後考うるに、駱《らく》和名川原毛黒い髦《たてがみ》の白馬だというから、不毛に当らず。川原は砂礫《されき》多く草少なき故、老人の説通りわずかに春草ある処を馬の川原毛から名を移して称うるのかと思えど、死人に質《ただ》し得ず。
『逸著聞集』など多くは土器《かわらけ》と書いたが、その義も解らず。ようやく頃日《このごろ》『皇大神宮参詣順路図会』を繙《ひもと》くと、二見浦《ふたみのうら》の東|神
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