。初夏から初冬まで海より遠からぬ丘陵また殊に沙浜《すなはま》に少なからず、注意せば随分多く集まる物と思う。黄土や無名異《むみょうい》に似て見えるから鉄を含んだ物と判る。鉄をいったついでに今一つ国益になる事を教えつかわす。
往年東牟婁郡の某々の村を通り、家々の様子を見ると何となく昔見た東国諸駅の妓家に似おった。因って聞き合すと、以前この二村の娘年頃になると皆特種の勤めを稼ぎ父兄を資《たす》け、遠近これを讃《たた》えて善くその勤めを成した娘を争い娶《めと》ったが、維新以後その俗|廃《すた》れ家のみ昔の構造のまま残るといった。古戦場を弔うような感想を生じてその一軒に入り、中食《ちゅうじき》を求め数多き一間に入って食いながら床間《とこのま》を見ると、鉄砂で黒く塗りいる。他の諸室を歴《へ》巡《めぐ》るに皆同様なり。それから事に託して他の一、二家に入って見るとやはりかくのごとし。この砂は何地の砂かと聞いたが、耄《ぼれ》叟《おやじ》や婦女子ばかりで何だか分らず、こんな地へ遠国より古くかかる物を持ち来るはずなければ、必ずこの地に多く鉄砂を産する事と考えた。その後勝浦から海伝いに浜の宮まで川口を横ぎり
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