、予が従来与えた書信をことごとく写真して番号を打ち携えいた。その言|寡《すく》なくて注意の深き、感歎のほかなし。今のわが邦人の多くはこれに反し、自分に何たる精誠も熱心もなきに、水の分量から薬の手加減まで解りもせぬ事を根問《ねど》いして、半信半疑で鼻唄半分取り懸るから到底物にならぬ。
 予がこの菌を染料にと思い立ったは、フロリダで支那人の牛肉店に見世番を勤めていた時の事で、決して書籍で他《ひと》様の智慧《ちえ》を借りたのでないが、万事について、書籍を楯《たて》に取る日本の学者が、自分の卑劣根性より法螺《ほら》などと推量さるるも面白からぬから、その後知るに及んだ一八五七年版バークレイの『隠花植物学入門《イントロダクション・ツー・クリプトガミク・ボタニー》』三四五頁に、ポリサックムは黄色の染料を出しイタリアで多く用いらる。一八八三年四版グリフィスとヘンフレイの『顕微鏡学字彙《ゼ・ミクログラフィク・ジクショナリー》』六二三頁に、英国にただ一種|甚《いと》罕《まれ》に生ず、外国にはその一種を染料とすとあると述べ置く。ただし予が知るところ、邦産は三種にせよ三態にせよ、いずれも均《ひと》しく役に立つ
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