母の乳と麦粉で作った餅を母に貰《もら》って持ち行き王に献《たてまつ》る。王試み食うと旨《うま》かったからこの青年に限って理髪が済んで殺さず。ただし王の耳については母にすら語るなからしめた。青年慎んで口を守れば守るほど言いたくなり、これを洩らさずば身が裂くるべく覚えた。母教えて広野に之《ゆ》きて木か土の割け目へ囁けと言った。青年野に出て栗鼠《りす》の穴に口当て、わが王は驢耳を持つと囁くを聞いた、その頃の動物は人言を解した故、人に話し、人伝えて王の耳に入り、王|瞋《いか》りて彼を殺さんとしたが、仔細を聞いて感悟し、彼を首相に任じた。青年首相となって一番に驢耳形の帽を創製して王の耳を隠したので、王も異様の耳を見らるる虞《おそれ》なく大いに安楽になったという。キルギズ人の口碑には、アレキサンダー王の頭に二の角あるを臣民知らず。それが知れたら王死なねばならぬ。由って理髪人を召すごとに事済んで直ちに殺した。王地上の楽を極めてなお満足せず使者二人を遣わして、不死の水を捜さしめた。一日王理髪人を召したが、今度だけは殺さず、角の事を洩らさぬよう戒め置くと、理髪人命の惜しさに暫く黙しいたが、耐《こら》えら
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