・ナッシング』のビートリース女の話中に出る『百笑談《ハンドレット・メリー・テールス》』てふは逸書で世に現われなんだところが、一八一四年頃牧師コインビャーがふと買い入れた書籍の表紙をかの書の古紙で作りあるを見出し、解き復《もど》して見ると損じ亡《うしな》われた頁も少なくなかったが、幸いにも一部ならで数部の同書を潰《つぶ》し用いいたので、かれこれ対照してなるべく遺憾なくその文を収拾整復し得て大いに考古学者どもに裨益した。その『百笑談』の末段は、妻の腹に羊を画いた人の事とあって、その譚は、昔ロンドンの画工若き艶妻を持つ。用有りて旅するに予《かね》て妻の心を疑うた故、その腹に一疋の羊を画き己が帰るまで消え失せぬよう注意せよといって出た。一年ほどして夫帰り羊の画を検して大いに驚き、予は角なき羊を画いたのに今この羊に二角生え居る。必定予の留守に不貞を行うたのだと詰《なじ》り懸ると、妻夫に向い短かくとまであって、上述ごとく一度潰し使われた本故、下文が欠けて居る。三十年ほど前読んだ、ラ・フォンテーンに、「荷鞍」と題した詩ありて、確か亭主が妻の身に驢を画いて出で帰り来って改めると、わが画いたのと異《ちが
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