見送りに来た村人に、前日くれた品に応じてそれぞれ物を与えた。これは熊楠も旅行中しばしば経験ある事で、入りもせぬ物を多く持ち来てくれるは至って親切なようだが、その実盗人の昼寝で宛込《あてこみ》があるので、誠に返礼の心配が尋常でない。ところがその村に瓦師あり、先に瓦器《かわらけ》を商主に贈った。今彼去らんとすと聞き、その婦これに告《い》いて、君も見送りに往って礼物を貰うがよい、上げたのはわずかの物だが先方は憶え居るだろといった。瓦師そこで泥を円めて吉祥印を作り、持ち行きて商主に訣《わか》れると、何故|遅《おそ》く来たか、荷物は皆|去《い》ってしまった、気は心というから、何か上げたいものと考えた末、かの新たに生まれた駒こそ災難の本なれ、これがよいと気付きこれでも将《も》ち去《い》かんかと問うた。瓦師どう仕《つかまつ》りまして、それを私方へ将《つ》れ往《ゆ》いたら瓦器が残らず踏み砕かれましょうと辞《いな》む。爾時《そのとき》かの駒|跪《ひざまず》いて瓦師の双足を舐《ねぶ》ったので可愛くなり受け取って牽《ひ》き帰ると、自分の商売に敵するものを貰うて来たとてその妻小言を吐く事|夥《おびただ》し。そ
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