ずわが死後決して売却また贈遺すべからず、必ずことごとく撲殺すべしとあった由。大正六年の英国華族にすらこんながある。古文明国や、今の蛮地で馬を人に殉葬したればとて怪しむに足りぬ。南米パタゴニア人の例は上に挙げた。十三世紀に蒙古に遊んだ天主僧プラノ・カルピニの記に、その貴人死ねば天幕の真中に屍骸を坐らせ、鞍置き※[#「革+橿のつくり」、第3水準1−93−81]《たづな》附けた牡馬牝馬と駒各一疋を添え葬り、別に一牡馬を殺してその肉を食い、皮に藁を詰め棒|尖《さき》に刺して立て、死者が冥界にあってもこの世と斉《ひと》しく天幕に住み母乳を飲み、牡馬に乗り馬を飼い殖やし得と信じた。今日もシベリアのブリヤット人死ぬとその乗馬を殺し、もしくは放ち、コーカサス人、夫死すればその妻と鞍馬《あんば》をして三度その墓を廻らしめ、爾後寡婦も馬もまた御せらるる事なからしむ。これ昔馬を殉葬した遺風だ。
 前項に引いた通り、仏書に、人が父母を殺さば無間地獄に堕ちるが、畜生が双親を殺したらどうだとの問いに答えて、聡慧《そうけい》なる者は落つれどしからざる者は落ちずとあるごとく、馬に取っては迷惑千万だろうが、その忠勤諸他
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