てこの句かの語を筆したかは知るべからず。知り得るにしてからが何の益なし。だが古今東西情は兄弟なれば、かく博く雑多の事を取り入れて書いた物を、かくまで多くの学者が立ち替り入れ替り研究して出す物どもを読むは、取りも直さず古今東西の人情と世態の同異変遷を研究するに当るらしいので、相変らず遣り続け居る内には多少得るところなきにあらず。既に一昨年末アッケルマンてふ学者が『ロメオとジュリエ』の「一の火は他の火を滅す」なる語は、英国に火傷《やけど》した指を火を近づけて火毒を吸い出さしむる民俗あり、蝮に咬まれた処へその蝮の肉を傅《つ》けて治すような同感療法《ホメオパチー》じゃ。また「日は火を消す」てふ諺もある。沙翁はこれらに基づいて件《くだん》の語を捻《ひね》り出したものだろう。このほかにしかるべき本拠らしいものあらば告げられよと同好の士に広く問うたが、対《こた》うる者はなかったから予が答えたは、まず日月出でて※[#「火+(嚼−口)」、326−10]火《しゃっか》息《や》まずと支那でいうのが西洋の「日は火を消す」と全《まる》反対《あべこべ》で面白い。さて『桂林漫録』に日本武尊《やまとたけるのみこと》駿
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